鎌倉の歴史に思いを馳せる
2018.03.01
鎌倉彫金工房がお店をかまえる鎌倉は、
三方を山、一方を海に囲まれた、豊かな自然があふれる街です。
今から約800年前の鎌倉時代には、源頼朝によって鎌倉幕府が置かれ、
武士の都として発展。現在でも、鎌倉の随所で歴史を感じることができます。
この街並みを見ると、鎌倉彫金工房もまだまだ若者だ、と
背筋がピンと伸びるような気持ちになることもあったりします。
今日は、そんな鎌倉の歴史に思いを馳せてみることにしました。
[1192(1185)]
鎌倉が大きく発展していったのは、やはり幕府が置かれた鎌倉時代であり、
それ以前の記述はあまり残っていないのだそうです。
鎌倉は、その後700年続く武家政権が誕生した地だとされています。
貴族に変わり、政治の実権を握った武士たち。
彼らによって、この鎌倉の街が作られ、
幕府盛期の1230年ころ鎌倉は政治、外交、文化などあらゆる面で
日本の中心地となりました。
鎌倉の武士たちとは、歴史の教科書でおなじみの源頼朝率いる源氏。
「御恩と奉公」の精神で、源氏の武士たちは常日頃から鍛錬を重ね、武術を極めました。
そして、幕府に緊急事態があれば「いざ、鎌倉」と馳せ参じたのです。
海から鶴岡八幡宮までまっすぐ伸びる参道、若宮大路が造られたのが、1182年。
政権と民衆の安泰を願う鎌倉大仏が1243年ごろ。
さらに、多くの寺院が立てられ、禅の文化が発展していったのもこの時代です。
[1685]
江戸時代の中期、水戸黄門として知られる徳川光圀が
江戸時代版の旅行ガイドブック『新編鎌倉志』を刊行すると、
江戸近郊の遊楽地として知られるようになります。
[1889]
明治時代には、鉄道路線、横須賀線が開通したことで、
富裕層たちが集い、鎌倉の地に別荘を建てるようになりました。
鎌倉を愛する文学者たちも多く移り住み、
その後、彼らは鎌倉文士と呼ばれるようになります。
大佛次郎、川端康成ら鎌倉文士たちが通っていたお店はいまでも健在。
毎年夏に開催されている「ぼんぼり祭り」は、
鎌倉文士たちが発起人となって生まれたお祭りなんですよ。
[2018]
その歴史深い風土は、法律や条例のもと、今も住民たちの手で丁寧に守られています。
変わることのない奥妙な歴史を保ちながら、日々新しいものが生まれる……。
鎌倉が時代を超えて今なお多くの人に愛されるのには、
そんな理由があるのかもしれません。