指輪の制作現場にて:音にまつわるお話
2022.08.22
初夏のある朝、一人のお客様が工房を訪れました。今回は、その際のエピソードを交えて、指輪制作と音にまつわるお話をご紹介します。
静かな工房に響く音
ドアを開けた瞬間、お客様の耳に真っ先に飛び込んできたのは、何かを打ち付けるような金属の音でした。静かな工房内に響き渡るその金属音を聞いて、「今日は指輪を作りに来たんだ!」と実感されたとのこと。
その金属音の正体は、指輪の素材である金属をハンマーで叩く音でした。清々しく「カーンカーン」と響く規則的な音が、とても印象的だったそうです。
制作途中で変わる音
ハンマーで指輪を叩く間、段々と金属音が変化していくことをご存知の方はそう多くはないでしょう。指輪を作る際は、一本の金属の棒の端と端をつなげて円を作りますが、最初は非常にいびつな形をしています。指輪を「芯金(しんがね)」という鉄の棒に通し、叩いて丸くしながら、サイズも調整していきます。
指輪の形が綺麗な円状になるにつれ、叩いた時の音の高さが変わっていきます。目指すサイズになるまでひたすら叩く際、低い金属音が高い音に変わっていくさまもお楽しみいただけます。
金属音といえば?鍛冶屋にまつわる音楽
ハンマーで叩く金属音といえば、クラシック音楽の「調子の良い鍛冶屋」が思い出されます。これは18世紀頃に活躍した作曲家、ヘンデルによるハープシコードのための音楽です。
ハープシコードは鍵盤を持つ楽器で、チェンバロと呼ばれることもあります。まだピアノがなかった時代、主流とされる楽器の一つでした。現在はピアノで演奏されることも多い曲です。
ちなみに「鍛冶屋」とは、金属を加熱して打ちきたえ、いろいろな道具をつくる人のこと。ただし「調子の良い鍛冶屋」は通称で、作曲者自身が付けたタイトルではないようです。正式には、ハープシコード組曲 第5番 ホ長調 HWV.430より 「アリアと変奏」などと記されますが、曲名としては通称の方が親しみやすく、曲に対するイメージが湧きやすいですね。
曲が進むにつれて、もとのメロディーがだんだんと変化したり、細かいリズムが刻まれたりします。規則的に刻まれるリズム、頻出する響きの同じ和音などから、働き者の鍛冶屋が「カンカン」とハンマーを打ち続ける様子が思い浮びます。
今回は、指輪の制作現場の音にまつわるお話をご紹介しました。当工房にいらした際は、ぜひ制作現場の音にも耳を傾けてみてください。
また、ご興味のある方は「調子の良い鍛冶屋」の曲も聞いてみてくださいね。